上の画像は殿内ボードの絵。
今回はアイコン化に努め、当初はマス目に処理テキストがあったが、
それを一切省略してみた。ボードっぽくなったと自分では思う。
さてはて、先週は随分と作業が進み、ほとんどのコンポーネント画が完成。
このまま行けば今週末には試作2号が仕上がる予定。
近場のコンビニが両面印刷に対応したので、
その実験も兼ねて週末は図画工作再開と行きたいところ。
年始から画に掛かりきりだったので、新コンポーネント研究は
頓挫しているけど、乾隆後宮の制作はかなりの速度で進行中。
この後にデジタルの方も多少手をつけておきたいので、
新技術導入はしばらく先になりそう。
んでんで、
乾隆後宮のテーマをなぜ乾隆帝の治世にしたかというお話。
後宮を取り扱うならもっともっと華やかな時代がいくつかあって、
むしろ乾隆帝の清代より1つ前の明代の方が後宮の人員的規模は
桁違いに大きい。その差にして明代の宮女約9000に対して清代50人以下。
漢民族のヤンチャっぷりを鑑みて、いかに満州族が質素倹約に努めたかが
分かる数値である。
では、なぜ敢えてそのような縮小期を選んだか?
それは、このゲームが2人用だからである。
これについても清代の後宮制度に基づく密接な繋がりがある。
清代以前の後宮は宮女にランク付けがありつつもほぼ定員無制限であり、
清代に於いてそれが定員制となって、ランクごとに定員数が決められていた。
頂点である皇后は正室であるため1人なのは言うまでもなく、
第2位である皇貴妃も1人。だいたいこのあたりは競争が無く、
家柄や政治的なあれやそれでストレートで決まってしまうものである。
さて、注目というか競争所となると第三位の貴妃。これは定員2人。
たいてい逸話が残っているのもこのランクである。
定員2の貴妃こそが、乾隆後宮におけるプレーヤが演じる貴妃プレーヤ2人
そのものである。この数値的な一致は我ながら美しい。
そして、争うのは皇后の座ではなく、乾隆帝の寵愛。
本作の乾隆ポイントと呼ばれる寵愛を表す得点は6点あり、
その過半数の4点獲得を目指すこととなる。
だが、その争奪戦には思わぬ伏兵が・・・
それについては次回。