第116回芥川賞受賞作品。
花井という登場人物の書かれ方が見事過ぎる。
芥川賞作品の中では比較的長い部類の作品だったが、
主人公と花井の確執だけでダレずに読みきれた。
物語終盤で見せる花井の発狂について考察するに、
やはり刑務所の中が彼にとって理想の世界だったのではと思う。
刑務所内で表面上規則正しく振舞う反面で、船舶試験にわざと
落るという奇妙な行動は、船舶免許という外界の要素に対しての
拒絶ではないだろうか。仮釈放が伝えられてすぐに発狂したのは
その世界を失う恐怖を表していたのではないだろうか。
そして、本編では花井が刑務所に来る原因となった傷害事件に
ついては詳しく触れられていない。
その部分を自分は17年前の主人公との別れと合わせて仮説を立てる。
17年前、函館で花井は主人公を苛める事で自らの地位を確立した。
その方法が花井の常套手段だったかどうかは別として、この時点で
彼はこの方法に味を占めた。そこで両親の都合により内地への引越し、
彼は別の世界へと行く事になる。ここから傷害事件まで空白の17年が
始まるわけだが、その間に同じ手段は繰り返され、いつしか
自分より一枚も二枚も上手の相手に当たってしまい挫折があったのだろう。
函館に戻ってきたのと、17年前に主人公に言った言葉を覚えていたのも、
函館の少年時代が彼にとっての黄金時代だったからに他ならない。
そして刑務所に入ると、再び彼の手段が通用する世界へと戻る。
手段をためそうと思い立ったトリガーは、船の名前を聞くシーン
だったのではと思う。黄金時代と別離した懐かしの船を見て、
彼の何かに火がついたのだろう。母親との面会で話したことも、
実は本音だとすると、最後まで繋がる気がする。
恐らくこの話の大きな焦点となる"いつから斉藤に気づいてた"という
疑問は、個人的には最後に気づいた説を推したい。
そうでなければ主人公の復讐は成された事にならなく、
ずっと花井の手の上で踊っていた事になる。
最後の行進と種まきのシーンは、長年の確執が、花井の本性を
目の前で主人公自身へ引き出せた事で解消し、ようやく
ふつうの看守と囚人の関係に収まったという清涼感に集約したと思いたい。
今回も納得の芥川賞作品だった。