第113回芥川賞受賞作品。
"勝負がつくまで使われない駒でいたい。"
この表現にビビっときたわ。
芥川賞113回となると90年代中頃、
現代だよ現代。物凄く現代的な表現でハッとした。
そりゃ現代の作家だからそうだろうけど、
芥川賞の初期のとか読み漁って、順当と言わず
たまに飛んで近年にまで遡ると、こうした何気ない
表現一つにも「うわっ最近っぽい」となる。
ここまで来ると読み易さもラノベとほとんど
変わらないんだけど、比較的この作者の文面に
カギ括弧台詞が多いから余計そう感じるのだろう。
ちょっとした日常の場面に散りばめたテーマは奥深く、
全てを解説するには一度じゃ読み足りない。
恐らくこの話を一番象徴するであろう終盤、
禅問答のように主人公と専業主婦が語るシーンがあるのだが、
そこでただの映画マニアと思われた主婦が実は日々小難しい本を
ただなんとなく、そこに山があるから登る登山家のように
消化しているようなこと言い出す。
そこで主人公は「勿体無い」と言うんだけど、いやまったく
自分も主人公の見解と同じ。
だって、この話を読んでこの文章をこうやって今まさに
書いて、読んで蓄積したものから感想文を搾り出してるじゃない。
"ただ消化する" "それでいい"
って境地とは真逆のことだよね。
そもそもそれが境地なのかっていうのも議論が分かれるとこだけど、
図書館で人の良さそうな老人が陽の当たる窓際の席で
ハードカバーの文学書をめくり、ただ無為に時間を過ごしているのを見ると、
確かに境地かなって気もするんだよね。そんな話だったよこれは。