幼年期の終わり 感想


アーサー・C・クラークの幼年期の終わりを読了。


微妙にネタバレ含む



三世代に渡るオーバーロードと人類の物語を巧みに繋げ
ダイナミックに収束させてました。傑作です。

1953年に本書が書かれたことを念頭に置き、
本編で描かれる未来図を読むと大変面白い。
特に、オーバーロード管理下に置かれた人類が成熟し、
大きな争いや貧困が無くなった後に娯楽が溢れかえり、
それらを消費することに勤しみ人々が創造力を失うという
現象をテレビ視聴時間で表している部分。

今でこそテレビは娯楽の王というより娯楽の1つだけれど、
その他を含めた娯楽の総数というものは右肩上がりだと思う。
遠からずクラーク氏の先見は当たっていると言っても良いだろう。
現に消費は異常に速くなった。
異常に速くなった消費を満たすのもまた消費の環の内から出る
再生産品だと思う。創造物とは言い難い。
昨今で例えれば、
中高生がスマホで動画サイトやソーシャル漬けになっている現象だ。
知識を欲を満たすために多種様々な情報を吸収していると書けば
聞こえが良いだろう。しかし、その実は孤独感からの開放、あるいは
自己顕示欲の代替的別手段であり所詮は消費でしかない。
一定数「自分もやってみよう」となり、動画の作成や写真のアップロード
を試みる者もいる。一見チャレンジャーであり生産者への一歩に見える。
だが、その本質は大体において違うのだと思う。
環の内から生まれるものの多く、ほぼ過半数は縮小再生産でしかない。
そういうものは純粋な創造物とは言わない。

創造物は囲い込まれた内から生まれるものではない。
幼年期の終わり第三部冒頭はそれを私に気づかせてくれた。


さて、本編ではその人類の平時がゆえの行き詰まりを
別世界の構築によって抗う手段に出るが、
人類の次の形態への進化によってうやむやとなってしまう。
次の進化を描く際にアシモフ氏の場合は
一度宇宙に進出した後に訪れるものとしていたのに対し、
クラーク氏は宇宙への進出を完全に阻み適度に管理した後に
その時が訪れるように描いてる。この違いが非常に面白い。

幼年期の終わりというタイトルもまさにそれを表し、
最終的に人類は大いなる意思と一体となる進化を遂げるのだけど、
その世代が発生するメカニズムに関してはかなり端折ってるのが
唯一の不満点。それでも充分に楽しめる作品なのだから凄い。
納得のオールタイムベストだわなー
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by souka_t | 2014-06-21 07:39 | 文学 | Comments(2)
Commented by ETaro at 2014-06-24 08:28 x
懐かしいです。私も好きでした。
【竜の卵】とか【人形使い】とか【禅銃】とかも好きでした。
Commented by souka_t at 2014-06-24 19:38
厳選して翻訳してあるだけあってハヤカワの海外モノはだいたいおもしろいですねー
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