2013.moon_up_05
ライブラリーカフェ腰越漁師物語

腰越図書館主催の腰越猟師達による座談会。
腰越漁業の歴史を振り返る生の昔語りが聞ける
地元民からしてもかなりレアなイベントです。


語り手は腰越漁協組合の三大重鎮にして三老。
池田氏、浅井氏、三浦氏。
インタビューアー兼進行役に腰越図書館のスタッフ。

当初はいくらかの地元民でおごそかに行われるお話会と
予想されていたが、部屋のキャパシティを上回る来客数、
撮影陣には鎌倉ケーブルテレビや地元誌やライターの面々が
詰め寄せ、かなり本格的なトークショーの様相を呈した。



プロジェクターによる当時語り。
映し出される写真は、20年間腰越を写しつづけた
フォトグラファーの鈴木氏による寄贈の数枚と大正時代に
までさかのぼる文献。

昭和40~50年代がメインで、今は無き施設や
老朽化し使われなくなった施設を使用していたときの姿など、
今も面影が残る漁港の昔に思いを馳せる語りとなった。



最後は質疑応答。
来場者より生の質問を池田氏がその場で答える。
これらからかなりオモシロな発言が飛び出したので、
覚えている範囲で書き残しておこうと思う。
(基本的に回答は池田氏が行うが、
ちよくちょく浅井氏と三浦氏が補足する形となってます。)



Q1.しらすやアジのお話はよく挙がりますが
   腰越かつおは今どうなってるのでしょうか?

A.商売になんねーからやめた。やってるやつはまだやってるよ


Q2.風の強さはどのように判定して漁に出る出ないを決めているんですか?

A.10mぐらいまでは余裕よ。南東の風は台風の風だから警戒してる。
  天気予報で予報は5時間ぐらいのズレがあるから使えねえ、
  俺達は天気図を参考にしてる。
  この道長いとあの図から風の動きが読めるようになるぜ。


Q3.昔、津波に飲まれた漁師のために立てられた供養塔がありますが、
   あれについて知っていることを教えていただきたい。

A.俺らの世代より前だな、その津波の時出てたあみ漁師は全員
  助からなかったらしい。実はあの中で地元の漁師は少なくてな、
  ほとんどが他所から来てた出稼ぎの漁師だったって話だよ。
  そのとき腹を壊して漁に出なかった人が命拾いしたって話もある。
  でな、ありゃあ台風じゃねえんだ。津波だ。


Q4.漁が中止になって休日になった時はどうしてるんですか?
   それとは別に普段休みは取れているんですか?

A.馬鹿言え、決まった休みは正月だけだ。船乗ってねえ日が俺達の休みだ。
 年間90日船に乗ってさえいりゃ漁協権は保てる。 
 休みになった時は、昔は風呂屋が情報交換の場や社交場になってたんだ。
 昔はな、金が無くても休日を楽しめたんだよ。誰かの家に集まって
 トランプやら麻雀をやって騒ぐだけで楽しいんだ。今じゃどうだ、
 なにをするにも金がねえと楽しめねえとくる。軟弱になったもんだ。
 世の中変わっちまったもんだ・・・


Q5.文献によると腰越でマグロが取れた時期があったとあります。
   また、10メートルものクジラが上がったという記録もありますが?

A.ふかせ釣りで3日に1回マグロが捕れたと言われてる。
  今じゃ不確定過ぎて商売にならねえから誰もやらなくなった。
  クジラは本当だ。あのころはイワシクジラが近海にいた。
  捕鯨禁止になってから逆に見なくなったが・・・はて。
  確か近年でも1匹挙がったはずだよ


Q6.ここだけの話、御三方にはひみつの漁場があるんですか?

A.ねーよ


Q7.3月の大地震の時の対応はどうしたのですか? また過去の災害の対応は?

A.あんな地震はな、たいしたことねぇんだよ。俺ぁはじめから余裕だと思ってたぜ。
 ああいうのは二波がこええんだけどな。
 ウソ、池田さんもみんなも相当ビビってた、速攻逃げる準備してた。

Q8.最後に、若い人たちは漁師になれますか?

A.なれるけど、ムリムリ。だいたい2年が限界。釣り船ならまあいいんじゃね?


このようにして第一回を終えた。
前半は三老があまりにマイペースで語り、
補足もまちまちで漁師用語全快のマニアック過ぎる内容で
実際について来れている人がいるのかあやしい感じでしたが、
後半のフォト語りと質疑応答は本当に秀逸でした。
これは是非とも第二回を希望したいです。
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by souka_t | 2013-02-04 08:26 | 日々よしなし事系 | Comments(0)
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