我が射幸心の歴史 #hypnoss
ドリランドに課金しすぎてヤバイことになった(ノンアフィ・ニキ速より)

最近よくよく槍玉に挙げられているガチャでございますが、
思うところをズバリ書けば、「一度痛い目みとけ」でございやす。
痛い目をみて、身体で覚えるマゾ人間ってえのはたくさん
いらっしゃるもんで、ただ蓋をするだけでなく勉強料を払って
教訓を得るのも大事かと、そう思う訳でござんす。

と言うわけで、
ショーナン・えーおーあい射幸心の歴史を振り返ってみましょう。




ショーナン射幸心系投資の歴史


■酒蓋■ -園児期-

射幸心や投資とは定義が異なるが、
根本的な始まりはおそらくここにある。
実家が酒屋というだけでアドバンテージが高く
見られがちの収集物であった。
がしかし、酒屋ごとに取り扱われる銘柄は
ほぼ固定であり、うちの場合は大量の菊正宗と
月桂冠がダブつくだけのことである。
むしろ、地方の親戚などにコネがある者こそ
送られてくる地酒の酒蓋がレアであり、
地方ほどかっこいいデザインが多い印象があった。
湘南出身のキッズコミュニティであったため、
ハトサブレーの缶箱に酒蓋を収納するのが
スタンダートスタイルとして確立していた。
また、ケンカゴマという競技スタイルの酒蓋対戦が
一瞬だけ流行ったが、すぐに収集スタイルへと戻った。
収集方法は親が空けた一升瓶から頂くのが
一般的であり、探究心が強い者は遠征し、
公園や山に散乱するゴミなどより回収した。
ドロップアイテムの楽しみをこれで体感し、
後のRPGブームに繋げた者も多い。


■ビックリマンチョコ■ ー小学低学年ー

社会現象を巻き起こしたシール付き駄菓子。
このえーおーあいも例に漏れず近所の駄菓子屋で
買い漁った時期があった。
1つ30円という値段はなかなかにしてキッズ向けの
設定であり、当時100円玉1枚で3個のビックリマンチョコを
購入し、残り10円をどうするかがその者のセンスを示した。
次第に消費税が導入され、残り10円のゆとりは無くなり、
子供心ながら税制による世界の変革を思い知らされるに至る。
周りはシールを長期的に収集していたが、ビックリマンアイスが
登場する頃には別の収集物に熱を上げていた。
小学低学年という何者も恐れぬ立ち振る舞いで日々を送りつつも、
ビックリマンシールのトレードを通して友となった者も多い。
当時、わたしの悪魔3枚と、天使1を交換してくれた
ヨウゾウ君ありがとう。万が一見てたら連絡下さい。


■キンケシ・ガンケシ■ -園児~小学低学年-

ここでカプセルトイに手を出し、バンダイ様の洗礼を受ける事になる。
キンケシとはキン肉マンケシゴムの略であり、
ガンケシとはガンダムケシゴムの略である。
ケシゴムとは呼ばれていたものの、ケシゴムとしての機能は無く、
材質の柔らかさがケシゴムのそれというだけ。
ガンケシ時代には1回し100円のガチャが主流となるが、
キンケシ時代には1回し20円という規格も存在した。
またスーパーボールが多く普及したのも20円ガチャの功績とも言える。
界隈ではビックリマンと同等のトレード市場を形成していたが、
逆襲のシャアまで長らくガンダムアニメ不在の時期にぶちあたり、
ややマイナーな人気であった。ガンケシもシリーズが続くと
ネタ切れしたのか、パトレイバーやドラグナー果てはエルガイム
などをシリーズに投入し、ネタに詳しくない当時のキッズ達を
混乱たらしめた。いつまでもリガズィをドラグナー扱いしていた
スギヤマ君はお元気だろうか。あれは廉価版ゼータです!
長くシリーズが続いたせいか、全体を思い返すとかなりの投資額で青ざめる。
かなり後に200円シリーズでカラーフィギュアとなって帰ってくるが、
その前に人生を狂わしたカプセルトイに出会ったため、そこで引退して
手を出していない。


■ラーメンばあ&ガムラツイスト■ -小学低~高学年-

ビックリマンの二番煎じにあたるシール付き駄菓子。
ラーメンばあはベビースターラーメンの塊でガムラツイストはガム。
ビックリマンが社会現象になり、一般的になり過ぎたことに
反発を覚えラーメンばあ勢に鞍替えした節がある。
おそらくこの頃にマイナーなものへの愛が芽生えたのだろう。
明らかに人気の面ではビックリマンに大きく劣っていた。
シール自体の魅力を分析すると、力の数値化・可視化による
他のシールモノとの差別化が大きいと思われる。
当時既にビデオゲームブームで、ドラゴンクエストのような
力の数値化がキッズ心をくすぐった。
これと同じ現象がマルカツファミコンの魍魎戦記マダラにも
あり、何か数値的なもので表されるとゾクッとくるものがあった。
これは後のドラゴンボールの戦闘力でも体感する事になる。
宗主替えによりラーメンばあ教会がもたらしたもので最も大きいのは
コミックボンボン派への改宗であろう。
当時、コロコロコミックがビックリマンとミニ四駆を押す一方、
コミックボンボンではラーメンばあ・ガムラツイスト猛プッシュ。
この大改宗劇により、更なる派生趣味を生み出し、
今日の原型を形成するに至る。 
また、ガムラツイストは2度のアニメ化をしている。
一作目・GOレスラー軍団はギャグテイストが強く
受け入れ難いものがあったが、二作目の聖戦士ロビンジュニアは
満足の行く内容でありつつも半端な完結に憤った。
そして、5~6年前のコミケで、黄バラ姫のコスプレの人を見かけたとき、
なぜか声を掛けれなかった、未だにその事を後悔している。
ショーナン三大後悔の1つである


■カードダス■ -小学低学年~中学-

ビックリマンシールの次に同じぐらいの地位を確立
したのはこのカードダスではなかろうか。
SDガンダムのカードダスは累計いくら投資したか考えたくない
ほどである。ガンダムの他にもドラゴンボールなどの派生種
もあったが、私が投じたのはガンダムだけである。
それがなによりの救いと言えよう…。
一番投資したのはおそらくナイトガンダムシリーズ。
伝説の巨人コンプという今思えば眩暈がする実績を誇る。
円卓の騎士編でカードダス引退。


■甲竜伝説ヴィルガスト■ -小学高学年~中学-

コミックボンボン派になったわたしはガンダムに染まり、
次第にデラックスボンボンにも手を出す事になる。
それは自然な流れであった。当時、玩具界隈においても
元祖SD派とBB戦士派で凌ぎを削り合い、まさにバンダイの
手の上で踊る狂信者の様相を見せていた。
その中でカプセル玩具にビデオゲームで加熱中のRPGの
文法をもって登場したのがこのヴィルガストである。
キャラクターフィギュアにプラスチック製の武器防具を
取り付けていく装着ギミックに興奮し、我先にと
新しい装備獲得しようという収集欲を煽った。
今までの人生でこれほどにガチャを回した時期は無いだろう。
今考えてもおそろしいことだ。なぜならば、その後に聞く
ところによれば、ガチャ機械の中身全部買い占めても
コンプすることはまずありえないという確率になっている
とのこと。
しかしながら、このヴィルガストで目覚めた性癖は
余りに多い。アップルタウン物語で出かかったケモナーの芽が
完全に発芽したのはヴィルガストのリュキアによるところが大きい。
レダ戦記やヴァリスでも一定の興奮を覚えたが、ヴィルガストの
クリスやルシーズにより鎧っ娘属性を開眼。
デラックスボンボン版の漫画は異常にフトモモをいやらしく
描かれる絵師であったため、ファンナやレミから足属性を覚えた。
念願であったゲーム化は余りに遅く、その頃には人気は低迷化していた。
機会があれば自らリメイク化したい作品の1つである。
あと、ねんどろいど化にみんなで投票しようぜ! クリスでなっ
ヴィルガスト終了をもってカプセルトイを引退した。


■マジックザギャザリング■ ー中学末期~大学最初期ー

どこからハマったかと言われれば、おそらくパソコンゲーム雑誌の
ログインが原因だろう。一番面白かった時期の末期ぐらいに
物凄い勢いでマジックの広告が載っていたからだ。
それに加え、巻末の漫画「墜落日誌」の寺島先生もマジックに
大ハマりであり、あの漫画でやることなすことの「面白そう」っぷり
は尋常ではなかった。思えば、海外ゲームやウルティマオンラインなどの
オンラインゲームに全く抵抗無く遊びだしたのはあの漫画によるところが
大きい。何を於いてもユーザー視点の日記漫画スタイルはそれだけで
楽しそうなのだ。さて墜落日記の話はさておき、マジックの話に戻ると、
始めは洋物かぶれの陶芸品を集めるハイカラ大名のごとく絵柄だけを
楽しんでいた。ビデオゲームに余りに浸かり過ぎてしまったため、
私と私の周りのコミュニティではルールを理解する者がいなかった。
ゆえに、最初の1年はシール菓子と変わらぬ感覚で収集していた。
高校に上がると、友人の兄がいつのまにかマジックの宣教師として
覚醒し、一世代低い自分達を教化。ようやくプレイできるようになる。
今思えばこの「遊び方の継承」は重要な要素であり、今なお
ポケモンカードや遊戯王で世代間ごとに行われているのかと思うと、
非常に感慨深いものがある。
当時のマジックは第4版か5版だったかと思われる。
スターター1600円 ブースター400円ぐらいという相場は今も染み付いている。
結局一度も大会に出ることは無かったが、周りで万単位の散財をした
者は多い。身内でマジックをやるためだけに集まり、日々己がデッキの
改良に務めていた。だが、私は投資が万を越えるか否かの辺りで
バッサリとマジックをやめた。またもやマイナー愛が目覚める。


■水木しげるの妖怪伝■ ー大学初期ー

ゲゲゲの鬼太郎が大好きな自分にとってはマストバイであった。
が、周りで購入者がおらず未だにゲームをしたことがない。
この経験を持ってプレーヤーのいないカードゲームの無意味さを思い知ったが、
この後のオンラインビデオゲーム時代で、実績解除のために何度も
過疎ゲームを掴み、同じ轍を踏む事になる。
去年末の大掃除でこの妖怪伝が大量に発掘され、泣けた。


■リーフファイト■ -大学中期-

エロゲーをしてる俺超オトナじゃん!
という時期はオトコノコであるならば誰でもあると思われる。
その頃はリーフ・Key台頭時代であった。
わたしのメインストリートはエルフ・F&C・アリスの三強時代
ではあるものの、その時代を乗り越えたところに、世に言う
ビジュアルノベル時代というものが来たわけだ。
その筆頭のリーフが自社のゲームでTCGを作り上げたのがコレ。
まじかるアンティークが発売するまで個人的にはリーフは
あまり好きではなかったが、どういう訳かこのTCGはいくらか集め、
やや熱心であった。さすがに妖怪伝より知名度があり、
収集以上のプレイの段階にまで及んだが、結局対戦したのは
2人止まりだった気がする。これらの経験を鑑み、
リーフファイトをもってトレカは完全に引退を宣言。
この後第二次アナログゲームブームが自分に到来するまで
ビデオゲーム狂となる。
これもまた去年の大掃除で大量に発掘された。 泣けるでぇ
今度やりませんか?


■ワールドタンクミュージアム■ ー大学末期ー

精巧な戦車モデルが、完成品で安価でコンビニなどで手軽に
お買い求めできる。兵器好きの自分には余りに魅力的であった。
これにより食玩の歴史は大きく変わり、お菓子のオマケにすら
異常なクオリティを求められる時代へと突入した。
ワールドタンクミュージアムの商品的な評価といえば、
単価500円はクオリティに見合うのは前述したとおりで、
問題はレアリティであろう。
カラバリがいくつかあり、同じ型の機種がよくダブ付く。
個人的には同じ色がダブ付く分には隊が組めるから嬉しかったが、
雪原カラーと通常迷彩が混ざり合うと、なんとも言い難い
憤りを覚えたものである。
この二番煎じでレシプロオンリーの食玩や、
チョコエッグの戦闘機編などに少しハマり、
食玩を引退するに至った。
未だにジオラマの小道具として使うことがあるため、悪くない投資だったと思っている。



書きまとめてみると、意外や意外。
今の自分を形成する重要なキッカケとなったものもいくつかありますな。
特にラーメンばあに鞍替えしてのボンボン改宗はヤバイ。
あの時ビックリマンの第8段以降も続投してコロコロ派であったならば…あるいは。
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by souka_t | 2012-04-12 20:07 | 日々よしなし事系 | Comments(0)
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